尚早
2014年1月3日 金曜日 00:17

許可を得ている≠やって善い
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以前にもリードで同じことを書いたことがあるはずなのですが、大晦日のアレは「許可を得ていることノットイコールやっても善いこと」の適例でしたね。

他にもいくらでも選択肢があったにもかかわらずあえてそれを選んだ。しかも常に変化する事象への反応ではなく、事前に検討・準備あってのこと。人柄を感じさせる要素のうちで「(何を)選択したか」ってけっこうなウエイトを占めているのかも。

あとサプライズってうまくいくことが少ない。かえって無礼になってしまうことが多いような気がする。サプライズを失礼のないように実行できる人は、そもそもサプライズをするような選択はしないのかな。

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「来る」は「きたる」なのでは、ということも話題になっていたようでしたが。

たしかにあの場面では「きたる」が適切のような気もしますが、では直後の番組である「ゆく年くる年」の「くる」はどうしてなの?という疑問に対して、文法的にきちんと理解していて説明できる人はどれほどいるのか(私は分かりません)。古文の用言活用の範囲なのかしら。

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学校の先生でけっこうなベテランの方(たぶん役職付き)が時期尚早のことを「じきなおはや」と言っていた。その先生が何かの書類を読んでいる時にそう言っていたので、読み方を間違えたまま覚えていたようだ。

職業的にも立場的にも年齢的にも、誰からも指摘されずにその年齢まできてしまったのだろう。そしてよほど運良く何かのきっかけで自分から気づかないかぎりは「じきなおはや」のまま人生を終えるのだ。

そういうことって多かれ少なかれ誰にでもある。独断もしくはごく一部の人しか知らされていない状態で実行すると、場合によっては自分の誤りや過ちに気づかないまま表立ったことになってしまい、とりかえしのつかないことになる。

複数の視点による校正ってほんと大切だわー、とあらためて思い知らされた年越しでありましたとさ。めでたしめでたし。

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